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奈良地方裁判所 昭和39年(ワ)21号 判決 1965年10月04日

原告 吉本吉雄

被告 株式会社奈良ニチイ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告の申立

「被告は、原告に対し、大和高田市大字高田二一七番地の五、宅地二一坪六合六勺(以下本件宅地と略称する)上に存する、木造スレート葺二階建居宅一棟(以下本件家屋と略称する)のうち二階部分二二坪八合八勺(家屋番号同所第一〇七八番の三)を収去して、その敷地部分を明渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに担保を条件とする仮執行の宣言を求める。

二、被告の申立

主文同旨の判決を求める。

三、請求原因

(一)  原告は、昭和三〇年四月二六日、訴外松尾秀光からその所有する本件宅地およびその地上に建つている本件家屋のうち一階部分建坪一六坪五合五勺(家屋番号同所第一〇七八番の四)を買受けてこれを所有している。

(二)  被告は、昭和三六年八月末、右訴外松尾から、その所有する本件家屋の二階部分建坪二二坪八合八勺(家屋番号同所第一〇七八番の三)を買受けて、これを所有し、本件宅地のうちその敷地部分を使用、占有している。

四、請求原因事実の認否および抗弁

(一)  請求原因事実はいずれも認める。

(二)  原告は、昭和三〇年四月二六日、本件宅地および本件家屋の一階部分を買受けるに際し、訴外松尾との間で、本件宅地につき訴外松尾が本件家屋二階部分を所有することを目的とする、期間、地代の定めのない地上権設定契約をし、被告は、昭和三六年八月末訴外松尾から本件家屋二階部分を買受けるとともに右地上権を譲受け、右二階部分について所有権移転登記をした。

原告は訴外松尾との間で、本件家屋二階部分存続のために本件宅地について使用貸借契約を締結したにとどまり地上権を設定したものではないと主張するけれども、原告は昭和三〇年初頃、当時原告が営業していた店舗の立退要求を受けたため、特に訴外松尾に頼んで本件家屋一階部分およびその敷地である本件宅地を譲受けたもの(以下本件売買と略称する)であり、したがつて、原告は、訴外松尾が右売渡後も本件家屋二階部分を、自己の住居として朽廃するまで永久に使用することを十分納得したうえ、本件宅地および本件家屋一階部分の所有権を取得したものである。また、本件売買に際しては、本件家屋の二階部分、一階部分を明確に区分して、分割登記され、そして、とくに、原告と訴外松尾との間で、右一階部分の増改築については訴外松尾が立会する権限のあること、本件家屋表側の空地上に建物を建築するときは双方協議することなどをとりきめたけれども、訴外松尾が本件家屋二階部分を所有、使用しうる期間や、終了時期については、なんら定めなかつたし、また右二階部分を原告に無断で第三者に譲渡することを禁止する旨の定めもなかつた。それゆえ、もし、訴外松尾の右二階部分所有のためにする本件宅地の占有が原告主張のように使用貸借に過ぎないとすると、訴外松尾は、住居として使用するために売渡さなかつた本件家屋二階部分を、原告から随時収去せよと請求されるおそれがあるという不合理が生ずることになる。これらの点から考えても、原告は訴外松尾に対して、本件売買に際し本件宅地につき地上権を設定したというべきである。

(三)  原告は、当初本件家屋一階部分および本件宅地を買受けるときは、それが手狭であることを十分承知し、また訴外松尾が本件家屋二階部分を第三者に譲渡することを明らかには拒否せず、なるべく原告が買受けたいと希望していたに過ぎないような状熊であつたのみならず、被告が二階部分を訴外松尾から買受けるにあたつても、訴外松尾はあらかじめ原告に売却する旨申入れたのに、原告はこれを買受けないでいて、被告が二階部分を買受けると直ちに内容証明郵便で異議を述べ、あるいは一階部分を増改築してその結果、二階部分の南面の窓全部をひさしのうちに塗りこむといういやがらせを敢行し、次いで本訴を提起したものであつて、本件訴訟は権利の濫用にあたり、信義誠実の原則に反する訴というべきである。

五、抗弁の認否

原告が訴外松尾に対し、本件宅地について地上権を設定したことは否認する。原告は訴外松尾が本件家屋二階部分を売却するときは、なるべく原告に売渡すというので暗黙に訴外松尾が右二階部分の使用を存続することを認め、敷地である本件宅地の無償使用を認めたものであつて、単なる使用貸借に過ぎない。もともと家屋の一階部分を距ててその敷地に、二階部分のために排他的な地上権が成立する筈がない。かりに地上権の設定があつたとしても、被告についてはその登記がないから原告に対抗できない。

また、原告は被告が二階部分を取得する以前、すなわち昭和三七年七月二七日付内容証明郵便をもつて被告に対し二階部分を買受けても収去を求める旨申入れておいたのに、これを買受けたのであるから、このような場合には権利濫用の成立の余地がない。

六、証拠関係<省略>

理由

原告が本件宅地およびその地上の本件家屋の一階部分を所有していること、被告が本件家屋の二階部分を所有し、本件宅地のうち右二階部分に相当する敷地を占有していることは当事者間に争いがない。そこで被告の抗弁について判断する。

一、成立に争いのない甲第一号証、乙第一ないし四号証、証人松尾秀光(第一、二回)、同速水敬二、同黒川亀吉、同松下信義の各証言、原告本人尋問(第一、二回)の結果を綜合すると、本件宅地をふくむ大和高田市大字高田二一七番地の一、宅地と、同地上の木造スレート葺二階建劇場、床面積二一四坪五合五勺(家屋番号同所第一〇七八番)は訴外松尾秀光の所有するところであつたが、訴外松尾は昭和三〇年四月二六日原告に対し、右宅地のうち本件宅地と本件家屋の一階部分のみを代金二〇〇万円で売渡し、同年五月七日右二一七番地の一、宅地から本件宅地を同所二一七番地の五として分筆登記し、また、右二階建劇場を家屋番号第一〇七八番の建物と第一〇七八番の三の建物(本件家屋)とに分割登記し、さらに、本件家屋を二階部分(家屋番号第一〇七八番の三)と一階部分(家屋番号第一〇七八番の四)に区分登記したうえ、本件宅地および本件家屋の一階部分について原告のため所有権移転登記をしたこと、訴外松尾が本件家屋二階部分を自己の所有家屋として残したのは、ここで引続き家族とともに居住するつもりであつたことに基くこと、このように、本件家屋のうち二階部分を訴外松尾が、一階部分を原告がそれぞれ所有して使用することとなつたため、右売買にあたつて、とくに、原告と訴外松尾との間で、右二階部分と一階部分との区分境界は二階の床板をもつてし、一階部分の増改築の場合には二階部分に支障のないよう双方立会で施工するとか、本件家屋の表側空地に建物を建築する場合は双方協議し、既存の屋根庇に支障がないよう、かつ美観を損わないように設備するなどの取決めがなされたが、訴外松尾の右二階部分の所有使用に伴なう本件宅地の使用権限については、とくにとり上げられることもなかつたこと、元来右売買当時訴外松尾は右二階部分を第三者に譲渡しようとは考えていなかつたし、原告としても、もし訴外松尾が右二階部分を他に売却するようなことがあれば、さしあたり原告に交渉があり売却してくれるであろうと考えていたから、訴外松尾が右二階部分を住居として使用してゆく以上、本件宅地の使用は無償で許容することとし、もとよりその存続期間などには考慮が払われなかつたことが認められ、右認定を動かすに足りる証拠はない。

右事実によれば、原告と訴外松尾との間で、訴外松尾の本件家屋二階部分の所有使用に伴なう本件宅地の使用は、右二階部分を松尾において所有し使用を存続しているかぎり、無償でこれを認容するとの約束がなされ、本件宅地ならびに本件家屋の利用関係の調整をはかつたものと解するのが相当である。

もつとも、訴外松尾秀光作成にかかる証明書と題する書面(乙第五号証)には「二階部分は自然に朽廃するまで永久に存置させる地上権を保留した」旨の記載があるけれども、証人松尾秀光(第一、二回)、同北村光夫の各証言に照すと、もともと乙第五号証は、訴外松尾が被告から求められるままに、同人自身が考える本件宅地の利用関係を主観的に表明したものにすぎず、右記載をもつて、前記認定を覆えして原告が訴外松尾に対し本件家屋二階部分存続のために本件宅地につき地上権を設定したとの被告主張を肯定するに足りる証拠とはなし難く、他に被告主張の地上権設定の事実を認めるに足りる証拠はない。

二、したがつて被告の地上権に関する主張はその余について判断するまでもなく採用できず、被告は本件家屋二階部分を所有するために必要な本件宅地利用権をもたないのであるから、原告は本件宅地所有権に基ずいて右二階部分の収去を請求し得ることになる。

しかしながら、成立に争いのない乙第六号証の一、二、証人松尾秀光(第一、二回)の各証言、検証の結果ならびに弁論の全趣旨によると、本件家屋は原告が後に増築した道路側の二階部分を除けば、隣接する家屋番号同所第一〇七八番の家屋(もとは訴外松尾が映画劇場としていたもので、現在は被告が所有し、スーパーマーケツトとなつている)を含めて全体が一箇の建物として建築されたものであること、本件家屋二階部分のみの収去はこれを破壊することによつて物理的には可能であるとしても、被告に対しては物心両面にわたつてかなりの損害を与えるのみならず、その結果、二階部分、一階部分ともに修補に多額の費用を要し、社会的にもその損失は軽視しがたいものがあることが認められ、原告本人尋問(第一、二回)の結果によれば、原告は本件家屋一階部分を営業用店舗としてその使用を継続するつもりであることはもちろん、二階部分についても、むしろ原告自身がこれを取得して店舗を拡張したいと考えていることが認められる。そうすると原告の右計画するところから、原告の意思はあくまでも二階部分全部の収去を求めるものでないことが推認できる。そういうことであれば原告としては右のように、その本意ではなく、しかも被告に多大の損害を与えることになり、他方、社会的にも著しく不経済な結果を招来するような本件家屋二階部分の収去を求めなくとも、「建物の区分所有等に関する法律」(昭和三七年法第六九号)第七条の規定によつて、敷地利用権を持たない被告に対し、二階部分の売渡請求権を行使することができるのであつて、結局以上の諸事実を綜合して考えると、原告の本件家屋二階部分収去請求権の行使は、むしろ権利の濫用として許されないものと解される。したがつてこの点において原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 坂詰幸次郎 東條敬)

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